効果的な幼児英才教育

幸せな人生を歩ませるための幼児英才教育成功の秘訣



幼稚園・小学校の担任の先生に不満がある場合はどう対処するべき?~性格が悪い・贔屓・指導力不足は基本的にあきらめよう!~

 

お母さん・お父さんの思い出の中にいる、「先生」という存在を考えた際には

いい印象として残っている人、悪い印象しかない人、様々な人間が浮かぶ思います。

 

「恩師」と言える先生、また「思い出したくもない」ような先生

また、全く思い出せない先生もいたはずです・・・

 

そして、大人になったからこそ「生徒として」ではなく

1人の人間として、判断できることが多くなったはずです。

 

優しかったけど、ダメな人だったのかもな・・・

 

怖かったけど、生徒のことを考えていたんだな・・・

 

過ぎてしまったからこそ、冷静に感傷に浸ることもできると思われますが

親になることによって、「子供の先生」という新たな関係が生まれることになり

自分のこと以上に子供が大切だからこそ、不満や心配が生じるものと言えます。

 

 

まず最初に、当たり前のことではありますが

1人の先生が受け持つ生徒は、自分の子供だけでなく

「その他大勢の、他人の家の子」も、たくさんいます。

 

「自分の子を見てくれない!」ということに関して不満を持つ方は

このブログの読者の方には、おそらくはないとは思いますが・・・考え直しましょう。

 

「本当に不利益がある場合」以外は基本的にあきらめる

 

ここでは、「子供に悪影響がある」というケースを想定します。

 

が、

 

結論としては、よっぽどのことがない限りはあきらめましょう。

 

  • いいかげん(連絡の通達等の不備)
  • 教えるのが下手(指導力不足)
  • 特定の子供を贔屓する(同じ立場のはずの子供を選ぶ)

 

これらは、教師として問題があることに違いありませんが

たまたま担任が「そういう人」だった場合、もうどうしようもありません。

 

特に「贔屓」の場合には、「自分の子供がかわいがられている」場合には

それほど悪い気はしないはずであり、「他人事」で済ませましょう。

 

ただし、特定の子供に特別に厳しく接するというのは

贔屓の逆ということにとどまらず、「被害者」が生まれる点で別問題です。

 

また「いじめ」を放置したり、クラス内の不和を招く等

肉体面・精神面での実害が発生している場合には、もちろん何とかする必要があります。

 

「匿名」での抗議が現実的

 

(主に)担任教師に関する致命的な問題と言っても、

その状況は様々であり、その対処として

  • 個人的な話し合い
  • 転校

 

等、できることに幅があります。

 

ちなみに、「保育園」や「幼稚園」の場合には

大きな不満がある場合は、「転園」すべきと言えます。

 

手間や家庭の事情があるとは思いますが、仕方ありません。

 

それは「義務教育」ではなく、「そんな先生のいる園を選ぶのが悪い」という面も

否定できないことが事実であり、それは「私立」の学校に関しても同じことが言えます。

 

本来であれば、「そこに行かなくてもいい」にかかわらず「選んだ」過去があるためです。

(そんなことは予想できなかった方がほとんどと思われますが・・・)

 

本当に問題と言える状況は、

  • 公立(そこに行くしかなかった前提がある)
  • 小中学校(義務教育)

 

という場合です。

 

そして、もしも「これは絶対に問題だ!」という事態が

進行している場合には、学校・教育委員会等に

「匿名」での手紙・メールを送ることをおすすめします。

(匿名でメールを送る方法はいくらでもあります。ここでは説明しません・・・)

 

その問題をできるだけ具体的に、客観的な意見も交えて伝えましょう。

 

また「学校で直接戦う」ことは、あましおススメしません。

 

正義感から動いた人も、非難されることのある世の中です。

 

「抗議したことを知られない」ということが

重要であることは、多くの方が理解されるはずです。

 

先生との出会いは「運」だからこそ

 

「せんせー」と呼ばれる存在が、異常に多い日本において

「教師」というのは特に多い存在であり、その「出会い」は「運」で決まるとも言えます。

 

「ランダム」であり、ランダムであるということは偶然なのです。

 

また、不満を言い始めたらきりがありません。

 

やはり先生も人間であり、完璧な「画一化」には無理があります。

 

特別にいい先生もいれば、特別にダメな先生もたくさんいます。

 

美味しいレストランと、不味いレストランが存在することと同じです。

 

しかしながら、幼い時期であればあるほどに

「人との出会い」は大切であり、得るものも多いことも事実です。

 

本来、学校というのは「勉強以外」を学ぶべき場所です。

 

当ブログでは、繰り返し解説していますが

「勉強のための学習」は、幼いほどに家庭内で行うべきです。

 

学校に行く意味とは、

  • 「友達」を作る
  • 「他人」を学ぶ
  • 「コミュニケーション能力」を身に着ける

 

学校に行かなければ、身に付かないことこそ大切なことであり

そういったことが脅かされている状況こそが、本当に危険な状態なのです。

 

「教師」に過剰な期待をするのはそもそもおかしい

 

非常に元も子もない話ですが・・・

世の中の人というのは、教師に対して期待し過ぎです。

 

決して「聖職」ではなく、「いい人」である必要もなく

「特別に頭がいい人格者であるべき」という必要はないのです。

 

  • 教員免許を持っていること
  • 教員採用試験に受かること(私立の場合はほとんど就職活動)

 

以上の条件に当てはまれば、なれます。

 

とは言っても、それほど簡単なことではないことも事実であり

「なりたくてもなれない」という人がいるほどには、競争がある世界です。

 

しかしながら、それと同時に

「スムーズに先生になった人ほど世間知らずの可能性が高い」とも言えます。

 

それは、大学を卒業して即採用された(先生浪人は意外と多い)場合には

「世の中に出たことがない」人間である可能性が高いためです。

 

  • 小学校で小学生時代を過ごす(学校)
  • 中学校で中学生時代を過ごす(学校)
  • 高校で高校生時代を過ごす(学校)
  • 大学で大学生時代を過ごす(学校)
  • いずれの学校で教師として働く(学校)

 

「ずっと学校から出たことがない」という人もいるはずです。

 

民間企業で働いた経験のある方とは、感覚が違って当然です。

 

決して「嫌味」ではなく、しょうがないことなのです。

 

参考記事:>>教育熱心なお母さんが陥りがちな思考

 

おまけ:先生も人間だよ

 

現在、少子化が進むと同時に

学校の先生も、不足しているとされます。

 

そもそも学校の先生はかなりの激務であり、それほど「割のいい仕事」ではありません。

 

それは、「どこからどこまで見るべきか」ということが非常に曖昧であるためです。

 

「裁量」の要素が多いからこそ、「差」ができてしまうのです。

 

何より先生も「人間」であり、嗜好・機嫌がないわけがありません。

 

極端なことを言えば、「顔が嫌いだから目をかけない」ということもあり得ます。

 

また「あの子のお母さん、嫌いだからちゃんと教えない」ということも・・・

 

もしかしたら。

 

だからこそ、個人的には「先生にかわいがられる」よりも

「あまり目立たず、爪を研ぐ」ことが相応しいと考えます。





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